進路に悩んでいる高専生にも悩んでいない高専生にも

誰も選ばなかった道、非英語圏大学への進学

豊田高専の建築科を卒業後、ドイツのシュトゥットガルト大学建築学部に単身で飛び込み建築を学んだ久野さん。その後は師事した教授の薦めから、ベルリン芸大でアートを学び芸術活動をしていました。現在は3D専門のメディカルイラストレーターとしてドイツで活躍されています。

高専生にはあまり知られることのない「海外大学への編入」という進路を自ら切り開き現在も精力的に活動する久野さんに、高専マガジンがインタビューをしてきました!

デザイナーとしての現在の仕事は、久野さんのホームページこちらからどうぞ。

海外大学に編入するという選択

「このタイミングじゃないともう日本から出られなくなるかもしれない。」高専在学中にそう強く感じ、卒業後の進路を海外大学編入に決めたそうです。その頃から久野さんは、日本で就職する自分の姿をあまり想像できなかったと言います。またアメリカの高校へ一年間留学をした経験から、海外の環境の方が自分にあっていると肌で感じたそうです。当時は、ヨーロッパで行われていた建築理論の議論に惹かれていたことも、海外へと目を向けるきっかけとなりました。

そして最終的に、ドイツを選択することになりました。様々な国の大学を検討していく中で、アメリカは学費の高さの問題から、またオランダはビザの問題からこの選択になりました。高専というシステムは日本独自のもののため、現地の人に高専について理解してもらうのに苦労しました。ドイツのアートや哲学に興味があり、ただ単純に良いイメージがある、そんな思いから、久野さんの非英語圏の世界へ飛び込む準備が始まりました。

当時は両親が反対していたため海外大学へ進学する同意を得られず、学費を稼ぐためしばらくは日本でバイトを掛け持ちして貯金をしていました。その後はドイツのライプチッヒ大学付属語学学校へ通い始めました。学校の宿題や寮生活、またルームメイトとの会話などを通し、とにかくドイツ語漬けの日々を過ごしました。またこのときに、知り合いに紹介してもらった建築講師の夫婦に、ライプチッヒ近郊の建築物見学に連れて行ってもらったことが、特に印象的な思い出だったそうです。

ライプチッヒ大学付属語学学校の卒業式の様子(左から2番目)

その時に苦労したことは意外にも言葉の壁ではなかったそうです。

「建築の世界は何を言っているのか分からなくても、作っている作品が面白いと評価されれば仲間に入れてもらえました。」それでもやはり大学ではレポートなどの課題に追われました。例えばレポートとして、建築理論のゼミのなかでポストモダン哲学の観点から「廊下」という概念を読みとく、アーティストのパフォーマンスをジャック・ラカンという精神分析理論家の手法を使って分析したりなど、とても苦労したそうです。「当時の私の語学力からすると、建築や美術の理論系のゼミを中心にとっていたので、無謀なテーマでした。」しかしドイツでは外国人留学生へのサポートも手厚く、語学もやればなんとなっていきました。

「間違った時間に間違えた書類を学生課に持っていって、また取りに帰って…」今考えると自分でも不思議なほど、なんとかなったと笑顔で語る久野さん。なんと、海外留学の支援をするチューターなどを利用せず、現地の大学との連絡からビザの取得まで、全て自力で進学の準備を進めていたそうです。インタビューをする中で、久野さんの生き生きとした溢れ出るエネルギーを感じました!

高専で学んだこととは?

高専時代、竹下研究室の仲間たち(右端)

インタビューを進めていく中で、一見すると現在の仕事は高専で学んだこととは全く関係がない分野ではないのか、と疑問に思った筆者。気になる高専時代についてもお話ししていただきました。

「高専を出た後やがて専門外の分野へ進むことになっても、基礎的なことで使えることは多くあります。別の分野でも応用できることは多いはずです。高専で学んだことは直接役立っているわけではありませんが、物事をやるときの土台になっていると思います。」

久野さんが高専に在学中のときは、たくさんの時間を有意義に活用していたそうです。高専は5年間ありさらに大学受験がないため、普通高校と比べてかなり時間的な余裕があります。その中でも特に二つのことについて話していただきました。
一つ目は、アメリカへ一年間留学したことです。印象的な出来事ばかりで得たことを話すのは難しいとおしゃっていましたが、卒業後の進路を考える一つの大きなきっかけとなりました。この経験がなければ、苦手な語学にもう一度挑戦してでもドイツに海外留学しようとは思わなかったと思います。その時辺りから、自分はもう一度海外へ行くんだ、そう実感していたそうです。
二つ目は、とにかく本をひたすら読んだことです。卒業後の進路を海外へと見据えたとき、日本語の本で知識を得ることのできる時間はあまり残されてはいないと気がつきました。手当たり次第に数え切れないほどのたくさんの本を読みました。例えば古典や近現代の文学から、聖書やコーランなどの宗教関係のものまで、さらには心理学やデザイン・建築系の本なども読みました。読書を通じて、ニーチェやアドルノ、ドイツ現代美術などに接することが、海外留学としてドイツへと自分を向けさせたとおっしゃっていました。また今振り返ると、哲学の本を中心に読んだことで、自分の「考え方」の視野を広げることに役立っているそうです。当時の努力はなんでもとことん議論するドイツのお国柄でも役立ったとおっしゃっていました。

異郷の地、ドイツで暮らすという決断

ベルリン市内アトリエでの制作活動の様子

その後は久野さんは教授の勧めで、建築から美術の世界へ進みました。しばらくは有名アーティストのアシスタントとして仕事をしていましたが、同時に一握りの芸術家しか売れない、食べていけないとも感じていたそうです。そしてお子さんが生まれたのを機に芸術家としての活動を切り上げ、イラストレーターとしての仕事を始めるようになりました。

現在は3D専門のメディカルイラストレーターを仕事にしています。イラストレーターとしての仕事も軌道に乗ってきたので、より成長していきたいと思う、とおっしゃっていました。

久野さんのホームページでは実際に制作された医療系の3Dアニメーションを見ることができます。ホームページはこちらから。

高専生へのメッセージ

インタビューの最後に久野さんから高専生へのメッセージをいただきました。

「人生は一度しかなく、その人生の中でも身軽に行動を起こせる時間は、あまり長くないかもしれません。迷っているのなら一度行動を起こしてみてはどうでしょうか。時には、盲目的に自分と自分の運を信じることも必要だと思います。」

「私もドイツでバイト先がなかなか見つからなかったり、大病をしたりと色々苦労しましたが、どれも今となっては「よかった」と思える苦労です。語学は、得意不得意関係なく、どんな言語でもがんばれば何とかなります。」

筆者はインタビューを通して、常に主体的に自分の進むべき道を吟味して選択し、力強く進んでいく久野さんの熱意を感じました。決して楽ではない進路ですが、自分の道を探して掴み取る勇気、苦しさ、そしておもしろさを学ぶことができました。

海外大学への編入を、国内大学への編入や就職と同じように一つの選択肢として考えてみてはいかがでしょうか。私の話で参考になるのであれば、ドイツ留学や海外美大受験に興味のある方はぜひ連絡をください、とおっしゃっていました。久野さんへの連絡はこちらから。info@azusakuno.info


取材:鈴木天馬 成田琴美
執筆・編集:鈴木天馬

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