進路に悩んでいる高専生にも悩んでいない高専生にも

「高専らしさ」よりも、今やりたいことを考える

こんにちは、市川円です。WEBメディアで編集者をやる傍ら、フリーランスのライターとして記事やエッセイを寄稿したりしています。

家で作業中。猫がのぞいています。

私は、沼津高専を4年で辞めて、技術とか一切関係ない分野に進みました。今回は、高専出身の自分がなぜライティングの世界で仕事をすることになったのか、それまでにどんなことをしたのか、そもそもなんで高専を辞めたのか、ざっくばらんにお話したいと思います。

小学生のころの夢は「エンジニア」になること

高専に入ったのは、ひとえに技術分野に強い興味があったからです。小学生のころから電子工作の通信講座をやっていて、「将来の夢」の欄にはシステムエンジニアと書くほどでした。

中学校の成績は上の中くらいで、同学年が100人以上いる中で、いつもテストで10位前後を取っていたのはちょっとした自慢です。推薦も十分にもらえる見込みでしたが、受験直前の成績だけちょっと落ち込んでしまって、一般入試を受けることに。当時担任だった理科の先生に「4」を付けられたときは、何の嫌がらせだと軽く恨みました(笑)

でもそのおかげで必死で受験勉強をすることになって、結果としては無事入学することができ、本当に嬉しかったです。夢に一歩近づいた、という感覚が強かったですね。

電子制御工学科に入学を決めたのは、4年時に行う小型自立移動ロボット製作――通称MIRSという課題に興味があったからです。いわゆるロボコンに代表されるような、一からロボットを作り上げるプロジェクトを体験して、そのまま将来はロボット製作に携われたらいいなと思っていました。

4年生になって、自分の限界を知った

4年生になり、当時憧れていたMIRSに取り組みはじめてから私は高専を辞めたのですが、その大きな理由は「自分の限界を知ったから」です。

電子工作をやっていたころも、はんだ付けして回路が動くようになる過程は楽しめても、「なぜこれが動いたのか」までは考えられていませんでした。そのことに、いよいよ本格的に取り組み始めて気づいたのです。

結局、私が好きだったのは「組み立てること」であって、その仕組みを考えることはできていなかったのだな、と気づかされました。学生の授業としてはそれなりにレベルが高いことを求められていたので、「こんなの誰もできないよ」と責任転嫁して逃げることもできたのですが、私ができないことを軽々と理解してこなしていく級友がたくさんいる中で、「自分は落ちこぼれなんだ」と実感することになったのはそう不思議な話ではありません。

夢をあきらめるのは怖かった

自分の限界を知ったから、なんて辞めた理由はそれっぽいですが、辞めたきっかけは結構しょうもなくて、「カンニングがバレたから」でした。当時は自覚していなかったけれど、すでに授業についていけないことは自覚していて、カンニングでもしなきゃろくにテストで点も取れなくなっていたんです。

そんなきっかけで辞めてしまったから、周りの人の反応は――いまだによくわかりません。正直、「自分が辞めてどう思った?」なんて当時も今も、面と向かって聞けないです。怖くて。

辞めることを親に伝えたとき、「お前が選んだことなんだからいいんじゃないか」と言ってくれたのは唯一の救いでしたが、だからといって不安がなくなるわけではありませんでした。

それまで、「将来はエンジニアになるんだ」と夢見て生きてきて、でもその可能性を自分から潰して、そんな状態が怖くないわけがありません。不安でいっぱいでした。

辞めてすぐに勉強を始めた。何かできることが欲しくて

高専を辞めた後、真っ先にWebデザインの勉強をし始めます。何かしらできることが欲しかったんです。Webデザインを選んだのは……なんでだったかよく覚えてません(笑)なんでもよかったんです、何かできれば。何もしないでいると、不安に押しつぶされそうだったから。

でもその勉強も1つ資格を取ったら飽きてしまって、それから少しフリーターをして、はじめて正社員として勤めたのはフレンチレストランの料理人でした。好きなもの、興味があるものを片っ端からやってやろうと思って、とりあえず近所で募集をかけていたフレンチレストランに行ってみたんです。そこが転機だったかもしれません。

「これを一生やるのか?」自問しながら職を転々と

レストランは肉体的につらいうえに給料が低すぎて半年くらいで辞めてしまったんですが、「好きなもの、興味があるものを片っ端からやってやろう」ってそこで思えたのは、その後の自分にとってすごく大きかったと思います。だから、料理人をやめてまたフリーターに戻った後も、誘われるがままにいろんな職を転々としました。

バイト先で「保険の営業をやってみないか?」と言われて飛び込んでみたり、中学時代の友人から「会計事務所を手伝わないか?」と言われて飛び込んでみたり、居酒屋の常連さんから「リフォームの仕事手伝わないか?」と言われて飛び込んだり。

とにかく片っ端から手を出しては「これを一生やるのか?」と自問自答して、将来の自分の姿がイメージできないものはすぐ辞めちゃいました。今は高専とも転々とした職業とも全然関係ない、Webライティングの仕事をしてますが、これもいつまで続けるかはわかりません。でも今のところは、まだやりたいからやっています。

高専で学んだのは「人とのつながり」

高専へ行って一番よかったなと思うのは、人とのつながりを学べたことです。当時の沼津高専は2年生まで全寮制だったので、嫌でも寮生活をしなければいけませんでした。初めのうちは面倒で仕方なかったんですが、途中から授業よりも寮生活やイベントごとのほうが楽しくなって、3年生4年生と学年が上がるにつれて、役職について人をまとめる機会も増えました。部下をマネジメントするときなんかに、当時学んだことが活きているなと強く実感します。

あとは、実験から得られた数字をいかにロジカルに組み立ててレポートに仕上げるか、みたいな、理系の物の見方は仕事でとても役立ってますね。ライターってやっぱり文系の人が多いんですが、語彙力や表現力よりも、実は論理的思考力のほうがライティングにおいてはずっと大事なんです。だから、個人的には理系の人ほどライターに向いていると思っています。

「高専生らしさ」なんてない。1人の人として、今やりたいことを選んで

せっかく高専へ行ったのに、勉強よりも部活とかイベントとか寮生活とか、人付き合いばっかり楽しくなっちゃっていませんか?

なんとなく授業の内容はわかるけど、これを仕事としてやっていくイメージが湧かないなって人いませんか?

自分よりもできる人がたくさんいて、自分は何にもできないんだな、って落ち込んでいませんか?

「自分は高専生らしくないな」って、悩んでいませんか?

ぜんぶ当時の私です。めちゃくちゃコンプレックスを抱えて、でもそうやって悩んだおかげで、今の自分のいる場所をきちんと認識できるようになりました。だから、その悩みとかもやもやは、ぜんぶ糧になります。大丈夫です。

そして無理に「高専生なんだからこうするべき」とか、考える必要ありません。高専生らしい進路とか、自分の未来には1ミリも関係ないんです。

たまたま得意だった人がそれっぽい道に進んでいるだけで、高専生らしくあろうとして高専生らしい進路に進んだ人なんてほとんどいません。高専に行ったからにはこういう進路いかなきゃ、なんて考えるだけ無駄です。

高専生である前に、私たちは1人の人なので、進路なんて無限にあって当たり前。やりたいことをやってもいいし、やりたかったことが変わってもいい。とりあえず、より楽しめることを選べばだいたいなんとかなりますよ。

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