進路に悩んでいる高専生にも悩んでいない高専生にも

“高専専攻科中退起業家”が考える、自分がしたいものを見つける秘訣。「決定権は自分で持て」

若い人が起業することが増えてきた現代、同様に起業に興味を持つ人も増えてきたのではないでしょうか。しかしいざ起業しようと思っても、その一歩が踏み出せない人も多いと思います。

2019年3月に津山高専の専攻科を退学し、起業の道へ進んだ清水悠平さん。退学を決心したときには、迷いはなかったといいます。
そんな清水さんに、自分のやりたいことを明確にし、そこに突き進む大切さを教えていただきました。

休学が許されなくても、迷いはなかった

清水さんは専攻科の1年生の終わりに退学されていますが、なぜ退学することになったのか、経緯を教えていただけますか?

そうですね、詳しくは前にnoteでも書いたのですが、会社を作りたかったことが一番の理由ですね。
でもそのために、もともとは休学したくて。

休学できなかったんですか?

津山高専で休学するためには担任、研究室の先生、専攻科長の3人の許可が必要なんですけど、そのうちの一人からの許可がもらえなくて。

もし起業してもしその道で生きていくなら、復学しない可能性もあるじゃないですか。その先生的には、復学の意志がない休学はダメらしくて。学校を続けるか、退学するかしか許してもらえなかったんです。

そこで学校に残るという選択はしなかったんですよね?

そうです。もともと休学の相談をする前に、休学か、だめなら退学するって決めていたので。

なにかに没頭したいときに別の用事が入ると、いらいらしちゃうタイプなので、もうはっきりしておこうと思ったんです。

なるほど。もうきっぱりと。

もう高専にいても自分の人生は歩めないな、自分が興味のあることに突き進むことが一番だなと思っていたので、迷いはありませんでした。

今もし休学が許されるとしたら、退学じゃなくて休学を選びましたか?

もちろん休学します。(笑)
学生の特権っていろいろあって、便利なんですよ。学割とか使えるし。

一番困ったのはあれですね。年金です。(笑)

え?年金ですか?

学生だと免除される期間も、退学すると急に請求が来るので、今めっちゃ苦しんでます。(笑)

年金の請求が急にきて、貯金の半分持っていかれたんですよ(笑)

意外なところに学生のメリットがありますね…(笑)

大学とかならもっと簡単に休学できると思うんですが、高専は厳しいんですかね?

場所にもよるとは思いますが、大学は比較的休学しやすいと思います。高専でも休学しやすいところもあるとは思いますけど、僕の学校は厳しかったですね。
もっと学生の進路に寛容な高専になってほしいですね。
高専の学生はこうあるべきだという価値観も、少しづつ更新していってほしいです。

高専だからこそ生まれた「自分」

高専を退学したと聞くと、高専が嫌だったのかなとか思ったんですけど…

いやではないですよ!
むしろ高専だからこそできることもいっぱいあると思いますし。

それになんと言っても、面白い人が多い!

確かに。(笑)
高専は面白い人多いですね。

世間的に普通である、進学校から大学を目指して勉強して、いい大学に入ることが目的の人とは考え方が違いますよね。考え方が自由な人が多いです。独自の世界をもって、自分の楽しみ方を知っていて。僕は中学生の時めっちゃ真面目だったので、そういう人たちを見て楽しむことを学びました。

あ、あと勉強の仕方は高専で学んだと思います。

勉強の仕方ですか?

はい。在学中は教科書をそのまま板書していく先生が多く、自然と自分で考えて勉強をする力がつきました。専攻していた分野にはさほど興味が生まれなかったものの、理論と実験を行き来しながら学べる高専は、有意義でしたね。
そのおかげもあり、工学以外の分野を学ぶ時も理解が早いように感じます。高専で学習した専門的な概念を知っている状態で、異分野を勉強していると、似たような考え方もあったりして理解しやすい気がします。

あとは、中学時代にはいなかったレベルの賢い友人の考え方に触れられたのも関係してるかもしれませんし、今思うと高専で勉強できて幸運だったと思います。

では、高専に入ってよかったと思っているんですね!

もちろん。

僕が高専に入っていなかったら、進学校に入って、ただ有名な大学と会社を目指すように洗脳されて、ただの意識高い系就活生になっていたと思います。(笑)

最近は起業に興味を持つ高専生も多いと思いますが、どう思いますか?

どういった経緯から興味を持ったかによって、起業したいの意味が変わりますが、社会人になる前に世の中の仕組みや、価値として認められるものを知るという意味では、起業してみればよいと思います。

就活を優位に進めたいとか、事業化してそのまま手に職をつけたいとか、様々な理由があると思います。ですが、まずは世の中を理解しなくては仕事を良い展開にしていけないと思います。

確かに、起業と言っても人によって目的は違いますね。

例えば、大きな視野では市場原理や各産業の寿命、小さいことで言うと働く人へのものの言い方だとか。こうした全てのことが諸々経験できるのが、学生起業です。良い意味でも悪い意味でも“学生”という肩書きを言い訳に、体系的に学べます。

起業を通して学べることが、意外と多いんですね。

仮に起業に失敗したとしても、業界に詳しくなっているはずなので、就活時に大いに活用できる視点が身につくかと思います。

例えば、一見あの会社は最大手に見えるけど、斜陽産業に事業の軸足を置きすぎてるし、新規事業立ち上げの兆しもないので、10年後は会社自体が厳しいのじゃないか。あるいはあの大手の売り上げが落ちているのは、あるスタートアップが売り上げを急激に伸ばしてて、2年後の成長段階だと自分の得意なスキルが活かせそうなので、あのベンチャーに就職しよう。みたいな視点で会社選びもできるようになるので、他の就活生よりは満足のいく会社選びができるかと思います。

それでも再挑戦したい人に関しても、学生起業の経験で培った視点をもって就職するのも良いかと思います。同世代にはない経営者の視点で現場に入ることで次の事業の着想を得られるはずです。考えれば、考えるほど実行するメリットしかない気がします。

なるほど…
社会を学ぶことができて、業界にも詳しくなっている状態で次のステップに進めるのは最強ですね。

迷っているのなら起業にチャレンジするべきなのか…

気が付けばずっと、起業のことを考えていた

そもそも清水さんが起業しよう!と思ったきっかけって何だったんですか?

起業しようと思ったきっかけはこの記事でもちょっと話しています。

でも、起業に興味を持ったという点で言うと、いろんなきっかけはあるんですけど、もともと父親の影響で経済色の強い本を読んでいたんですよね。そこから興味を持ったんだと思います。

お父様の影響で興味を持ったと。

そうですね。父親はシステムエンジニアなんですけど、最近はマーケティングに近いこともやってるらしくて。その話をすごく楽しそうに話すので、楽しいのかもと思ったんですかね。

では、昔から起業しようと思っていたんですか?

正直、この年齢で起業しようとは考えていませんでした。
でも高専五年間の間に、起業に近いことをやってみたりしていて、楽しいって思ったんです。

じゃあこの楽しいと思うことを仕事にしちゃえばいいじゃないかと。

なるほど。
楽しいことを仕事にしたいと思ったんですね。

自分の人生を振り返ったときに、あぁずっと経営っぽいこと考えてたんだなと思ったんです。それってたぶん好きですよね?(笑)

父親が楽しそうに話していたから自分も興味をもって、そこから自分でいろんなことしてみたら楽しくなって。

やってみて、気づいたら好きになっていたって感じですね。

そうなんですけど、好きって難しいですよね。僕、「好きなこと」って言うのは勘違いだと思うんです。

「好きなこと」が勘違い?どういうことですか?

自分の得意なことが少ない状況で、何か楽しい、没頭してる時間ができると「好きなこと」になると思うんですよね。

僕の場合、技術系の分野の知識に関しては、高専の友人と相対的に劣っていた自覚があるせいか、さほど楽しめませんでした。車の改造に夢中な友人や、企業にゲーム作って売っている後輩もいるみたいなことも聞いたのですが、とにかく羨ましかった。そんな状況で、たまたま興味を持って没頭できたのが、マーケティングや経営サイドの知識だった。おそらく日常生活に近い学問だったので、親しみやすかったのかもしれません。本当にそれだけだと思ってます。

ただ、強いて自分の好きなことをいうのであれば、いろんなことを考えている時間が心地よいので、考えることが好きなんだと思ってます。笑

じゃあ起業はいっぱい考えることがあって、ピッタリなんですね!

そうなりますね(笑)

相談しても、決定権は委ねるな

進路について悩んでいる高専生に、アドバイスをお願いします!

まず進路を考えるとき、自分以外の人間を考えないようにしましょう。悩んでいるっていうことは、自分がしたいこととか興味のあることに「でもな…」をつける理由があるわけですよね?

そこに親とか周りがこう言うから、こうしてるから、こうした方が喜ぶからといった考えが入るのは良くありません。もしそれで失敗したり後悔したら、周りのせいにするようになってしまいます。それは楽なのかもしれませんが、自分の人生なので、自分だけの意識で行動しなければいけません。

なるほど。自分だけで選択するということですね。

もし人に相談するってなっても、決断の軸を相手にゆだねる相談はやってはいけません。相談するのであれば、自分の目的をはっきりしさせたうえでそれを達成するために必要なことはなにか、具体的な策を相談するようにしましょう。

例えば大学に編入したいとして、「大学に編入しようと思うんだけど、どう思う?」ではなく、「大学に編入したいんだけど、どんな勉強をしたらいいかな?」とかですか?

そうですね。基本的に目的は自分で決めるのが鉄則で、そのあとの手段は相談してもいいと思います。慣れてくると、複数の選択を相手に相談しつつ、それ以外の視点でなにかアドバイスをもらえないか、と促すことが個人的にベストな聞き方だと思ってます。そこで目的を否定してくる人の話は聞かなくていいです。

本当に相手のことを考えてくれている相談相手であれば、人の考えを尊重したうえで、手段の批評をしてくれるはずです。

相談するなら、余白を作らないことが大切だということですね。

でも、自分のしたいことがはっきりしていない学生はどうしたらいいと思いますか?そういった人こそ、ほかの人に決断の軸をゆだねた相談をしてしまうと思うのですが…

自分のしたいことがはっきりしていない=自分の欲求に気づけていない状態だと個人的に思ってるのですが、こうした状況を脱することが重要です。学生に限定して考えると、学校の課題やなんとなく続けてる部活、なんとなく友人と遊びに行くみたいな行動をすべてやめてみてください。

自分だけの時間になった時に、ふと昔よくしていたことを思い出し、再開するかもしれませんし、怠惰な時間を過ごしつつ、無意識に欠かさずやっている自分に気がつけるかもしれません。そういった行動の根底にあるのが自分の満たしたい欲求であり、自分のしたいことを見つける指針になるはずです。

なんとなく、を全部やめてみてください

自分の本当の欲求を知るための行動をするということですね。

つい先日、僕の師匠の山田さんから暇をつくれとアドバイスをいただいたのですが、僕はそう解釈して最近は時間を作る努力をしています。(笑)

自分の欲求が満たされることと世の中に価値として認められていること(仕事)が重なるところを生業にできるのが理想ですが、日々情報に触れていると変わることもあるので、その都度自分を見つめ直す時間を作っています。

自分を見つめなおす時間を作ることが大切なんですね…
これを全部やって、それでもやりたいことがわからないといった人は、どうしたらいいと思いますか?

自分の時間を過ごしても、なにも思い浮かばない人は、圧倒的に一次情報が足りていないこと、自分の価値観と所属するコミュニティの人の価値観が合っていないことが考えられます。多くの人は、ネットや人から聞いた話で物事を判断すると思うのですが、その話は誰かの価値観を通している情報だと言うことを忘れないでください。

感じ方は人それぞれなので、自分の五感を通じて得た情報を手に入れることから始めてみるのが良いかと思います。個人的には、今の自分では足を運ばないコミュニティに行くことが、一番の気づきになると思っています。極端に行動していると、嫌いなことがしらみ潰しできるので、自分が浮き彫りになってきます。こうしているうちに自分のしたいことに行きつくのかなと思います。

自分が普段入らないコミュニティですか…

例えば思い切って、長期インターンしてみたり、嫌煙しがちな近くの大学のサークルに入ったり、できることは色々ありますよね。

地方に居ながら長期インターンが可能になるCOMPASなどのサービスを利用するのもありかと思います。今は岡山だけですが、これから各地に展開してくれると思います。(僕の友人がインターンとしてリリースしたサービス)

どんどんいろんなコミュニティに飛び込んでいくことが大切なんですね。

当然ですが、人は知らないことを選ぶことはできませんから。取り得る手段はどんどん発掘して、素直に追求するのが大切ですね。


今回は清水さんに、自分の軸をしっかり持ち、他の人に判断をゆだねない大切さを教えていただきました。

確かに僕の周りでも「親が…」「先生が…」といった発言をよく聞きます。ですがその際大事なのは「自分が判断しているかどうか」ということ。

人は皆、迷うこともあるかと思いますが(僕も迷いまくりです)、そんな時は一度立ち止まって、本当に自分がしたいことは何かを考えてみましょう。清水さんが教えてくださった、違うコミュニティを見てみることだったり、一次情報に触れるということを続けていけば、おのずと見つけることができるのだと思います。


過去に清水さんが書かれたnote記事も掲載しております。そちらには、高専に入学することになった理由から、専攻科を中退することになった経緯が細かく書かれていますので、ぜひご覧ください!


取材・執筆:若林拓海
編集:成田琴美
写真:大久保和樹

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