進路に悩んでいる高専生にも悩んでいない高専生にも

就職後に全く専門外の分野に進学したことで得られた自分だけの強み

吉田 恵梨歌

「自分を成長させるのに一番良い方法は、環境の違う場所に身を置くことだ。」

これは私が大学院で師事した教授の言葉です。教授も高専出身者で、化学工学をベースに学際的な研究を行い、農学部で学生を指導する、“何屋さんなのか良く分からない”方でした。それから数年が経ちますが自分の経験を振り返っても、この言葉は正にその通りなのではないかと思います。

この寄稿では、高専在学時の専攻に囚われずに色々な道を選べることを、進路やキャリアに悩む方に知ってもらえたらと思っています。

思えば昔からおぼろげに考えていた他分野への進学と転勤

私は元々、千葉県にある木更津高専の電子制御工学科の出身です。5年で卒業しましたが、それまでには同級生や先生方に多大なご迷惑をかけていましたので、正直なところこのように偉そうに語るのも大変恐縮です。当時は進学を考えられるような環境ではありませんでしたので進路は就職一択でしたが、高専3年生くらいの時からぼんやりと、「社会人を経たのちに今の分野とは別の方向で大学に行きたいな」ということを考えておりました。

高専時代に携わったロボコンマシン「三冠王」

一時期載っていた高専のパンフレット

卒業後は起業をして成功している人の近くで働きたいと、従業員40人ほどの小規模ながらニッチな分野でトップシェアを持つ産業機械メーカーに就職しました。その新卒で入った会社も9か月で辞め、次は友人の紹介で中規模の精密機器メーカーに転職をしました。

2社目の在職中にリーマンショックによる不況があり、部署統合により東京から南九州へ転勤となりました。転勤先は焼酎製造が盛んな土地で、私自身が酒好きであったこともあり、そこで知り合った方々との交流の中で酒類の醸造について興味を惹かれるようになりました。

酒造業に転職する道を考えるようになり、機会があるのなら理屈から体系立てて学びたいという想いと、昔からぼんやりと考えていた別分野での進学とを叶えるため、退職して醸造や発酵について学べる大学に行こうと決心しました。

いざ編入準備!国立大学は無理でも私立大学の出願条件は様々

大学に1年次から入学する、あるいは同種の専門学校に行くという選択肢もありましたが、学生生活は昼間の仕事ができず収入も無い中で学費を納めていく期間ですから、貯金の無い社会人の学生生活は在学期間がそのまま出費につながります。そのため、3年次編入をして2年で卒業できる学校を探しました。

また、醸造の基本は生物化学です。農学部や生物工学部での取り扱いとなりますが、進学を検討した中で国立大学はいずれも志望学科と関連の深い学科の卒業や単位取得を出願条件としていたため、私の出身学科ではかすりもしません。

一方、私立大学は学校によって出願条件が様々で、編入試験を突破できれば出身学科を問わない大学がありました。調べて検討をした結果、業界内での人脈を作っていきたいという意図もあり、全国の酒蔵の子弟の多くを輩出している、東京農業大学の応用生物科学部 醸造科学科を第一志望にしました。

同学科の3年次編入は、併設の短期大学で同分野を学んだ学生を主な編入対象にしていましたので、編入試験も一般的なものではなく同学科の1~2年次の勉強内容が主でした。同学の入試相談で同学科の先生方に相談したところ、別分野からの編入では編入試験の突破が難しく前例が無いので、併設の短大に入学してはどうかとのお話でした。ところがその時に個別の学内案内を担当してくれた学生さんが併設の短大からの編入生で、自分の編入希望を応援して下さったため、試験分野の勉強資料のコピーをいただくことができました。手がかりを得られたことで、そこから5か月弱、編入試験に向けての独学の日々が始まりました。

中学生レベルに立ち返っての編入試験勉強

苦労したのはそこからで、ベースとなる有機化学も生物学も未知の世界です。最初は仕事をしながら、もらった勉強資料を読んで理解ができるように整理をしていったのですが、基礎が無いため全く分かりませんでした。自分は中学生のレベルだと思い直し、図書館でとにかく易しい本を借りてきて勉強しました。

試験の1か月半ほど前に会社を退職したので、上京して志望大学の図書館にも時折通って勉強するようにしました。試験当日は緊張しましたが、なんとか努力が実り合格することができました。

編入の合格発表から入学までは半年間ほどありましたので、その間は派遣社員をしてお金を貯めながら、再度高校~大学教養レベルの化学・生物の勉強をして準備をし、25歳で晴れて大学3年生となりました。

会社員を経てからの学生生活は辛いけど楽しい!

一度会社勤めをしてからの大学生活というのは、大変素晴らしいものでした。純粋に勉強ができるありがたさ、意欲があれば学び放題の環境、様々な地域からそれぞれの背景で進学してきた学友との交流と、お金が無さすぎて奨学金を借りながら長時間アルバイトをする貧困生活をしていることは辛かったですが、この期間でかけがえのないものを手にできたと思います。

研究室で仕込んだ芋焼酎を分析中

研究室メンバーで麹蓋を洗います

あまりに勉強するのが面白くなったのと、身の回りの環境が整ったこともあり、発酵の本態である代謝反応をもっと工学的に理解しシミュレーションをするため、九州大学大学院でシステム生物学を専攻するために進学をしました。発展途上の分野で目標実現が遠い現実を痛感しましたが、生物学と工学の間の学際的な分野に身を置くことは貴重な経験になりました。

そこで師事したのが冒頭の話の教授です。また、他の先生からは「Π型人材」(2つの専門性がある人材)の強みとして、1つの専門性を掘り下げるには限界があるが、もう1つ別の専門性を持つことで両者をさらに深く掘っていけるとのアドバイスをいただきました。この話も、思い切って別の分野に飛び込んでみたのは間違いではないという自信につながりました。

就職できっかけの土地に戻る~分野をまたぐことで得られた強み

大学院で修士課程を終えたのち、現在は当初の転勤先地域にあった焼酎メーカーに勤めています。部署異動もあるため、目的であった酒類製造には直接関われていないのですが、焼酎の蒸留残渣をメタン発酵してバイオガスや電気を作るプラントで設備関連の仕事をしています。

これまでの経歴から機械や電気設備への理解と生物化学ベースの発酵知識との両方を持っているため、多角的に問題解決へ取り組むことができ、これが現在の職場での圧倒的な強みになっています。

現在の職場では電気や制御がメインですが、機械も生物も扱っています

私自身は目指しているものにまだ辿り着いていませんが、新卒で就職したときには思いもしなかった方向に進んでいます。もし今の専攻や仕事の中で先が見えなくなっている方には、機会が許せば思い切って別分野を学んでみることで、新しい道が見えてくるかもしれません。


執筆:吉田 恵梨歌
編集:成田 琴美

この記事を書いた人